相続には昔からトラブルのイメージがつきもの。実際に、現代の家庭裁判所における遺産分割争いの数は、毎年1.5万件前後と高い水準で推移しており、歴史を振り返っても、相続トラブルが国を揺るがす一大事となった例は数多く見受けられます。
たとえば、「越後の龍」の異名で知られる戦国大名・上杉謙信の後継者問題。実子のいない謙信公が後継者を決めずに急死したため、親族間で家督をめぐる内戦が勃発。上杉家は滅亡の一歩手前まで衰退してしまいます。「歴史は繰り返す」といいますが、今も昔も共通する相続トラブル、その回避のポイントを探ってみましょう。
ポイント①「相続人は誰か」を確認する
相続トラブルを回避する大原則のひとつが、「相続人は誰か」を明らかにすること。もしも謙信公に実子がいたなら、あるいは、4人の養子に明確な序列があったならば、きっと歴史も変わっていたでしょう。しかし実際には、景虎と景勝という「同じくらい有力な2人の養子」がいたうえに、後継者を明確にしていなかったことから、上杉家の家督争いは泥沼化していきます。
現代の相続においても、相続人が曖昧なままでは遺産分割の目途も立たず、相続税等の手続きも進められません。そこで民法は、相続の基本ルールとして「法定相続人」を定め、次のように相続の優先順位を規定しています。
相続順位 | 相続人 |
---|---|
常に相続人 | 配偶者 |
第1順位 | 子、または孫などの直系卑属 |
第2順位 | 父母や祖父母などの直系尊属 |
第3順位 | 兄弟姉妹または甥姪 |
配偶者に次ぐ相続の第1順位は、被相続人の直系卑属に当たる「子」です。子が亡くなっていれば「孫」が相続権を引き継ぎますが、そうした直系卑属がいなければ、相続権は「父母・祖父母」といった直系尊属、「兄弟姉妹・甥姪」の順に移ります。
被相続人の配偶者はどんな時でも法定相続人となります。ただし、事実婚などの内縁関係である場合には相続人となりません。財産を残すなら遺言や生前贈与等であらかじめ備える必要があるでしょう。
ポイント②「養子」「隠し子」も実子と同様の扱いなので隠さずに
ところで、現代では「実子」や「養子」に差はあるのでしょうか。民法では、養子は縁組みをしたその日から実子と同じ第1順位の法定相続人と見なされます(※)。そのため、相続税の基礎控除額を増やしたり、生命保険の非課税枠を拡大したりといった節税策のための養子縁組も検討されますが、養子によって相続人を増やせば一人当たりの相続財産も減少します。養子縁組はメリットとデメリットを比較したうえで慎重に行なうべきでしょう。
ちなみに、実子でも”隠し子”などの「非嫡出子」はどうかというと、こちらも養子同様に第1順位の法定相続人と見なされます。加えて2013年の法改正で、非嫡出子の相続割合は嫡出子とまったく同等になりました。円満相続を求めるのなら、家族に打ち明けていない子どもの存在は生前に告白するか、せめて遺言で事実を明らかにしたいものです。
※養子は、実子がいれば1人まで、いない場合は2人まで法定相続人に含められる
ポイント③「相続する財産は何か」を明らかに
相続人が明らかになれば、次にやるべきは相続財産の洗い出しと一覧化です。親族でも被相続人の財産状況を全て把握しているわけではなく、本人以外が財産を調査するのは大変です。さらに相続人間で「もっと財産があったはず」「誰かが使い込んだのでは」といった疑念が生まれれば、その後の遺産分割協議にも支障をきたします。スムーズな相続手続きを促すためにも、財産目録は万一に備えて早めに作成し、定期的に更新していきましょう。
ポイント④トラブル回避の基本は「遺言」にあり
そして相続トラブルを回避する最善の方法が、誰に何を継がせるかを明らかにする「遺言」の作成です。もし謙信公が事前に跡継ぎを決め、遺言書を残していたなら、上杉家も滅亡の危機に瀕することはなかったかもしれません。現代の遺言は形式の違いによって次の3つに分けられます。
①自筆証書遺言
遺言者が全文を自筆で書く遺言。費用もかからずいつでも作成できる反面、要件を満たせない無効な遺言を書いてしまう可能性も。また、保管方法によっては、紛失や改ざんのリスクあり。ただし、2021年より法務局による遺言保管制度がスタートし、制度利用によるリスク低減が可能に。
②公正証書遺言
公証役場の公証人が、本人の話を聞いたうえで有効な遺言書を作成。原本も公証役場で保管されるため紛失・改ざんのリスクなし。デメリットは費用がかかる点と、公証人および証人に遺言の内容を聞かれてしまうこと。
③秘密証書遺言
自作の遺言の存在のみを公証役場に証明してもらう遺言。①と②の中間的な性質で、遺言内容の秘密を保てる一方、手間と費用がかかるわりに内容の有効性や保管時の安全性が担保されないという大きなデメリットあり。
何より賃貸経営者として忘れてはならないのが、不動産が公平な分割のしにくい、まるで上杉家の争いを引き起こした”家督”のような唯一無二の財産だという点です。誰にどの不動産を相続させるか、いくら遺言で決めたとしても、相続人それぞれの納得が得られなければ円満相続は叶わないでしょう。
家族の幸せな暮らしを願うのであれば、まずは早めに遺言を作成して相続方針を明確にし、遺産分割についての話し合いと合意形成に取りかかってみてはいかがでしょうか。